アーティストの良心

全ての分野は「良心」なくして発展させることは絶対にゆるされません。


「良心」とは人間のもつ優れた能力です。

ところで芸術における「良心」とは何なのでしょうか。
それが分かればアーティストになれます。

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なぜモーツァルトにはできたのか

それは時間的な物語を形成する「夢」のメカニズムと関係している。

人間に限らず、恒温動物は「夢」を見る。
夢を見ているあいだ、様々な音を聞き、見たことも無いような映像を目にする。
そのような経験は誰しもが持っているだろう。
記憶のメカニズムと関係している能力である。
(脳は必要なイメージを効率よく記憶し、曖昧な部分を独自に修正する)

睡眠時の夢は、アセチルコリン作動性ニューロンの活発化によるPGO波が発生している状態。
しかしそれは「無意識」の領域だ。

覚醒状態(意識的に自分をコントロールできる状態)において、
薬物なしに脳の状態をそのレベルまで誘導するのは困難である。

私の場合、意識と無意識の中間において、脳内で極めて明瞭な音楽を聴いたことがある。
(もちろん、薬物は一切使用していない)
平常の覚醒時に音楽を聴いている時よりも、一音一音を正確に分解して聞き分けることができ、
意識的に更に深く展開させ、作曲することも出来た。
(だが私には絶対音感が無いので、その音楽を記録する事が出来なかった)
聴こえた音楽は全くのスキがなく、完璧に構成されていた。
平常の意識下で自分がその様な音楽を作曲する事は不可能に近い。
まさにそれはオートマティスムで「偶然」としかいいようが無く、完全に自己を出し抜いている。


音楽に限らず、映像が可視化されることもある。
可視化された、網膜的ではない(幻覚)映像は、
精巧で美しく、どこか冷ややかであり、そして複雑だった。
それらのイメージは自分の想像力を遥かに越えていて、
自分には未知でありながら、脳によって生み出されたイメージである。

モーツァルトはその能力(明確なイメージ想起)をある程度、
自在に呼び起こすことが出来たのではないだろうか。
もしもそんな能力を身につけたら私でも四六時中、五線譜に音符を書き続けるだろう。

自由自在ではないが私も時々、脳内で音楽を可聴的に聴き、映像を可視的に見ることがある。
(単に「幻聴」や「幻覚」と片付けるには、あまりにも惜しい)
そして、それらのイメージは私の芸術欲動の源泉となっている。

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ポスト・モダンのひとつの寓話

「<人間>とその脳は、というよりも<脳>とその人間は、
彼らの惑星の崩壊以前に決定的なかたちで
その惑星を離れようとするとき、そのすがたかたちは
いったい何にたとえることができたでしょうか。
そのことを、物語は語ることはなかったのです」。





リオタール寓話集

リオタール寓話集

  • 作者: ジャン=フランソワ リオタール
  • 出版社/メーカー: 藤原書店
  • 発売日: 1996/10
  • メディア: 単行本

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“disappearing moment #2-2”


Acrylic on Canvas 73cm×61cm





(C)Hikaru ]]>